5.23.2010

「し」


少し前の事、
すごい山奥のすごいシチュエーションですごい格好で
お魚釣りをした。

釣り上げた魚は針の貫通した顎から流血していて
その針を外してあげようと胴体をギュッと掴んだらキュッっと鳴いた。

釣り場のおじさんが囲炉裏で焼いてくれたものをその場で頂いた。

出口に石碑があった。
お魚の供養のためのものだ。

やたら神妙な面持ちで手を合わせていたchoco。
軽いレジャーにやってきたはずなのに、なにこの重い空気。
ご先祖様のお墓参りの時なんかよりもずっと重い。
むしろ4歳のchocoにとってはご先祖様のお墓参りのほうが
よっぽどレジャーだったかもね。

chocoに食べてもらえて喜んでるのだよ、
美味しいって言ってもらえるのがお魚さんの幸せなのだよ、
とってつけたような偽善なセリフを浴びせかけ、
なんとかchocoの笑顔を引き出そうと必死だった私。

血を流して、キュッと鳴いて、焼かれて、食べられて。
chocoにとって初めて出会うリアルな「し」だったのだ。
ガツンときて当たり前だ。

その時はうまく子供の心に響かせることができなくて
しばらくの間、もやもやしていた。

昨日の新聞に載っていた谷川俊太郎の詩。
何だかのシンポジウムで朗読したものらしい。
時事としてももちろん、私がchocoに響かせたかったこと、
ドンピシャだった。

絶対chocoに読ませようと思っていたのに
うっかり掃除に使って捨ててしまった。
ネットから拾えたのでここに記しておくから、

明日一緒に読もう。


しんでくれたうし 

しんでくれた ぼくのために そんでハンバーグになった ありがとううし
ほんとはね、ぶたもしんでくれてる にわとりもそれから、
いわしやさんまやさけやあさりや いっぱいしんでくれてる
ぼくはしんでやれない だれもぼくをたべないから それに、
もししんだらおかあさんがなく おとうさんがなく おばあちゃんも いもうとも
だからぼくはいきる
うしのぶん ぶたのぶん しんでくれたいきもののぶん ぜんぶ

                  谷川 俊太郎